3代校長 加藤 弘之

(1836~1916)出石藩主、兵学師範の家に生まれる。弘道館に学び17歳の時父親と共に出府。「毎日読む書物も自分で書き写さなければならぬ」と、貧困と戦いながら勉学に励んだ。藩書調所の教授、開成所教授を経て幕臣に登用され、明治政府成立後開成学校綜理、帝国学士院長、文学博士さらに東京大学初代総長となり、男爵を授かる。その後法学博士となり、枢密顧問官に任ぜられる。明治23年(1890)3代校長に就任。在任中の明治26年(1893)校則を改正し、普通科を獨逸学協会学校中学と改称した。明治40年(1907)ドイツ皇帝から王冠第一等勲章を贈られる。大正5年(1916)没。